村岡ダブルフルウルトラランニング 2023

兵庫県香美町村岡区で開催されたウルトラマラソンの西の横綱と言われる村岡ダブルフルウラウルトラランニング(9/24)に会長・O氏、そしてラン友NS氏(女子)が挑んだ‼
(東の横綱は野辺山で会長・O氏は完走済)
結果は、Oさん NSさんともに第3関門76㎞ 会長は最終関門91㎞までで全員DNFです。なお、歓迎祭ではじめて知ったのですが、この大会に参加する方は、自らを「変態」と呼ぶような驚愕の大会に参加してしまった(笑)。
天候は曇り時々晴れ、気温は低くめ、最高25℃、最低では18℃と例年の大会の中では比較的低めで、高い完走率が見込めそうな絶好の天候でした。これで、言い訳が効かない(笑)
 でも少しだけ言い訳すると、台風被害で急遽大幅なコース変更で初参加としては過去のデータ解析で想定タイムを計算しておりましたが、蘇武の最高地点から7㎞往復14㎞が想定外にアップダウンがきつく計画時間を大きく過ぎてゴールまで到達できませんでした。(過酷の極み) 
 会長の段階で、累積獲得標高2,660mで折返しでの十二(ほいと)峠400mを残しており、完走すれば3,000m超え、通常コースより500mほど多い、とんでもない村岡となったようです。でも記録には残りませんでしたが記憶にガッツリ残る大会となりました。応援ありがとうございました。
 村岡の方々の熱烈な歓迎があるほっこりする実に良い大会ですので、皆さんも是非挑んでください 激坂付です(笑)

YouTube 限定公開中
 (ただし、撮影者の会長が蘓武岳の折返しから第3関門までがギリだったので、それ以降、撮影することができず、結果、蘓武岳折返しまでの動画です。ご容赦ください)

新千歳空港 JAL
小話
搭乗手続きは預け荷物がないので、スマホでタッチ&ゴー 
更に機内Wi-Fiを使用し、インターネットを自由に利用(便利になった)
大阪が眼下に見える
新大阪駅 丼丼亭
関西=濃い味付け?一般的には薄味か。(関西の薄口醤油は塩分が多い 関東の濃口醤油は塩分が少ない)
でもランナーに最高 ヒレカツが柔らかく、蕎麦ものど越しがいい。
ごちそうさま
伊丹空港から新大阪駅まで リムジンバス30分程
マラソンバス 南口駐車場
会長 ポーズをパクリ 撮影
残念なのは、肩に貼った湿布が痛々しい。


3時間で1か所のトイレ休憩(バスにはトイレなし)
西紀SA お土産購入に最適
ハチ北 道の駅(帰りは、ここからマラソンバスに乗車することになる)
歓迎祭 会場(村岡体育館) 村岡地域局 隣

受付 参加賞 新米 炊き方は水少な目だそうですよ
それと完走わらじ

事前送付 ゼッケンをはじめ、今回は蘇武岳の激登り区間に設置されるプラカードの代わりに、メッセージが入っていた たぶん設置する余裕とコースが折り返しが多く設置箇所がないんだろう でもメッセージは本当にありがたい(野辺山も貰った)
後は 手作りのお守りです ご高齢の方々がわしらにできることはないかというプロジェクトで作られ、大会事務局で神社で祈願済みです。ありがとうございます コースでも作られた方々応援してくださってます 感謝

参加料とは別に購入 3,000円 こちらも事前配布 会長のみ購入 凄くカッコいい 記念になった
もう体育館は参加者でいっぱい


町長 歓迎 挨拶
8月に台風の甚大な被害にあったが、コースの復旧など全力尽くして、楽しみにされていおります、参加者のために開催に漕ぎつけることができました。十分楽しんでくださいとのことです。
長楽太鼓は30歳から70歳の男性で行われている。 この太鼓は第42回全国植樹祭での披露をきっかけに、現在でも継承されている奉納 太鼓である。 
村岡高等学校の生徒によるよさこいソーラン
ここでソーラン節がきけるとは。
歓迎祭会場から徒歩150m スタート・ゴール地点の村岡小学校まで800mという、利便性が一番いい宿です。大会関係者にお聞きすると、予約がとれるのは奇跡ですよと言われました。立地もさることながら女将さんのおもてなしと、程よい方言が素敵で、料理も最高に美味しかった。ここに泊まれただけでも村岡に来たかいがあった。
このかじや旅館は、村岡の町筋の中ほどにあり、ご主人の小倉和男さん(大正十五年生まれ)のお話によると、その名前の通りに昭和十年頃までは鍛冶屋をされていたということである。家の伝承が記録に残されており、それによると次のとおりである。
旅館の経営が女性の仕事という一般的なことのようだ。
女将さんの但馬弁が、優しく、心地いい。また聞きたい 電話しようかな(笑)

旅館は迷路のようで 見取り図はこちら
食事は1階「いと」
部屋は、男性は「花」 女性は「竹」です
本日はスタッフの方と、44㎞の方を含め満室です。ただ翌日は私たち3名のみでした。あ。。。急遽、留学生が泊まられたようです。

休憩スペース「ほっといっぷく茶」



玄関
玄関 ロービー
2階 トイレ(洋式に改装済 非常にきれい) 共同洗顔台
今回のお部屋 すべてが廊下が外壁に沿ってあり 部屋が囲まれ2重構造になっている。たぶん冬は豪雪地帯だそうだから気温が下がるので、2重構造で熱を逃げなくしているようだ。(昔の人は賢い)
さあ 晩飯だ 安着祝いだ 飲むぞ(笑)



香美町は、山の幸 海の幸がある

なんと、北海道のザンギだそうだ
娘さんが北海道の学校に行っていたようなので、そのためかな
北海道に引けを取らず美味しい。

お祭りだから赤飯も出た。もち米は美味しい、明日のエネルギー源に最高です
夕食、朝食共に女将が丹精込めて作る手作りの田舎家庭料理だ
身体にやさしい美味しさ、何度でも、毎日でも食べられる
ごちそうさまでした。

本日はお祭りで提灯が通りに飾られているとのことで見に出かけた(ただし出店はない)
明日、スタート直後ここを通過するようだ。
幻想的
途中 神輿が置いてあった 見られてラッキーです。

さあ、明日に備えて寝ましょう
20時30分ごろ 就寝

大会当日 午前2時30分 起床
午前3時朝食(女将さんが用意してくれた。魚も焼き立て、温かいみそ汁にご飯、ありがとうございます 普通のウルトラ大会ではコンビニのおにぎり等だから)
宿出発 4時20分
宿から800m先にあるスタート・ゴール地点の村岡小学校まで徒歩移動
男性は小学校横にある中学校が更衣室、荷物置き場になっている。
スタート前に、熊よけの鈴を貸し出している。熊出るんだ(怖)
午前5時 いよいよ号砲です
カウントダウンが、ダウンではなく 
57、58、59、スタートのカウントアップだ 独自性十分(笑)

コース写真はこの1枚だけ NS氏撮影 貴重な1枚に ありがとうございます。
エイドでも貝殻(?)でできたお守りをいただいた。励ましの言葉も書いた紙があったのですが、汗でボロボロに(ごめんなさい)
100㎞しか見ることができない猿尾滝の七不思議です。
YouTubeには滝の姿が写り込んでますので、そちらをご覧ください。

〇大会結果は、冒頭にお伝えしたように惨敗でした。でも3人とも、やり切ったようで、悔しさは残りますが、達成感はあります。

祝杯とは言えませんが、反省会をとことん、体力が続く限りやりました。
ゴールでは14時間の終了とともに、盛大な花火が上がりましたが、今回はこれを見ずに、是非、リベンジして完走し、完走タオルとともに見ることにしました。
ただ動けなかっただけか、ビールが先だからかもね(笑)
皆さん疲れで熟睡されたようですね

そして帰路当日の朝食 
会長も少しだけ、早朝散歩へ 200歩


本州には、雨水管 雨水桝がない U字溝で、雨水は流される
女将さんによると、この側溝に雪を流し込むようだ 滝川で言う流雪溝だ。こちらでも投雪が多いと詰まって困っているようだ。豪雪地帯 あるあるだ(笑)
屋根の雪も2回ほど降ろすそうだ。
かじや旅館から、マラソンバスに乗るハチ北の道の駅まで、女将さんの自家用車で送迎していただいた。本当に最後までお世話になりました。
「また ゆっくり来ておくれんされ」

その後、マラソンバスに乗り、新大阪駅到着、昼食・駅中観光へと
駅2階にある(これがなかなかルートが難しく、直接上がれず大きく迂回することに)なにわ大食堂の魚屋スタンドふじ(コスパ最高)刺身定食は、2段お重に、ごはんおかわり自由、Oさん、会長もおかわり 会長は大盛りをおかわり。。。食いすぎだ(笑)それにジョッキー2杯、牛筋大根追加ですよ
刺身定食 これで税込み980円だ 
その後、更にお土産を買うため、駅構内(入場券140円)にあるエキマルシェへ
店舗の選定が、かなり良く充実している。一度は行くべきかな

それから空港リムジンバスにて伊丹空港へ
夕食を食べることに、会長は、またもやビールとハイボール、つまみに、たこ焼き

やっぱ 大阪はたこ焼き食べなあかん
醤油だしベースの生地で大粒のタコを包み込んだ、ふぁっと感 最高ですよ
Oさんと会長は神座(かむくら)の関西方面の老舗のラーメン店
1回目の味は、わけのわからない味、2回目の味は美味しい、3回目の味はやみつき
会長は1回目でやみつきです。でも全く何の味かわかりませんが、実に美味しいスープ
写真の「おいしいラーメン」(名前ですよ)は税込780円だ
23時頃に、無事に帰宅
お疲れさまでした。

Oさんのコメント
 完走でなく感想でスミマセン
 昨年の東の横綱 野辺山より厳しかったです。やはり蘇武岳の長い往復で体力・気力がそがれました。私の30年余りのウルトラで最短距離でのリタイアでした。村岡は、古い街道の面影が色濃残り、周りが山に囲まれた地域でした。
 住民が支え合って暮らしている様子も垣間見えました。翌朝の散歩では、多くの住民が通路の見守りに立っており、気持ちの良い挨拶をしていただきました。また地域で子供達を大切にしている事で、中高生も大会を盛り上げてくれていました。生活していく中の大切なモノがここには残っているように感じました。
 また、機会が有ったら参加します。次回は、88キロか44キロで完走タオル狙いですが

NSさんのコメント
 西の横綱に相応しく、簡単には攻略できない難コースでした。スタッフはじめ、町民の皆さんが一丸になって歓待し、沿道の応援がランナーの力になりました。被災後の大変な時期に大会を開催していただいた事にも大変感謝しています。
 この大会の魅力は、難コースと町の皆さんの熱心な応援にあると思いました。完走は出来ず残念でしたが、心に残る大会になりました。

会長のコメント(詳しいので、ご注意ください)
リベンジのために良かった点、改善すべき点を残しておくことにする。

(目標タイム)
 まずは大幅なコース変更となった今回のコースは次の通りだ。
 スタート地点の村岡小学校から蘓武岳最高地点までは通常コースとおり、違う点は蘓武岳の最高地点を超えた先7㎞を下り、折り返して登り返すことと、もう一つは第3関門の村岡高校下の76km地点から十二(ほいと)峠を往復する点だ。

 蘇武岳(最高地点)から緩やかに下り、第2関門(56㎞)で折り返し、蘇武岳まで登る区間は、この高低差図では、恐れるに足りないと判断していた。(上記図面では最高点から折り返しの高低差は150mとされているが、ガーミン計測では290mの高低差がある?
 関門通過目標を7時間15分に設定していたが、20分遅く7時間35分となり、第3関門の制限時間10時間30分まで2時間55分となっていた。折り返しから蘇武岳の最高地点までの登りで7㎞を1時間30分かかってしまった。
 残り13㎞を1時間25分で行かなければならず、蘇武岳の最高地点から全力で下った。km5分~6分程度で下り続け、村岡高校下76㎞地点の第3関門を6分前にクリアした。(汗)
 関門通過の目標は9時間55分であったところ、結果10時間24分となってしまい、残り3時間36分で距離24㎞を行くことになるが距離だけ見ると、ある程度まだ余裕があり、完走圏内だが、すでに第3関門通過のため、全力で蘇武岳を下ったことで補給をおろそかにし、振動による胃腸へのダメージも大きく、これ以降はコーラしか飲めない状態だった。更に下りで大腿四頭筋を含め足が売り切れとなり、スタート直後に、軽快に走って登れた区間ですら全歩きとなり、更に十二峠を越えて下りになっても、胃腸のダメージでほとんど走れず、50歩100歩作戦となってしまった。(回復するのを待ったが、補給できない分見込めなかったようだ)
 十二峠を下った地点の最終関門のある小北エイドの到着時刻11時間55分で、ここから平地3㎞往復して、また、ここに戻ってくる6㎞を残していた。残り時間35分で6㎞だと、km5分50秒ペースとなり、そのペースでは到底走れそうもない。


蘇武岳登り 女郎滝 付近



上記表が目標タイムだ。
 30㎞ (目標)3時間30分→(実測)3時間33分
 40㎞ 4時間42分→4時間51分
 50㎞ 6時間15分→6時間48分
 56㎞(第2関門) 7時間15分→7時間35分
 76㎞(第3関門) 9時間55分→10時間24分
 85㎞ 小北エイド(リタイヤ) 11時間25分→11時間55分 (残15㎞ 時間2時間5分)
 91.2㎞(第4関門)小北エイド(目標)12時間14分

(完走するための目標タイム)
 このコースを僕の走力でクリアするには、前半、目標タイムを上げ、蘇武岳の下りのスピードを落とす必要がある。30㎞までkm7分のところ、km6分30秒(実速6分15秒)とし、3時間15分まで引き上げ、40㎞地点も4時間20分と定めて走らなければ、そこから先のタイムは、激坂なので、これ以上早めることができないだろう。
 また蘇武の上りも、50歩100歩作戦 逆の50歩走り、100歩歩くでも、できる限り走ることが必要だ。
 これにより56㎞地点の第2関門を当初目標の7時間15分(完走タイム限界)で通過となり、後半の十二峠往復がクリアできる圏内に入ってくると考えられる。
 
(敗因:初参加で、かつギリギリの走力だと事前情報の正確性が求められる)
 今回は、上記の区間、蘓武岳最高地点から7㎞先、折返しの往復14㎞の見立てを誤ってしまったことが敗因と考えている。地図上では緩やかに下り、そして緩やかに上るように見え、スタートからのハチ北の上りより緩やかに見えいたが、実際は、急な坂を上っては下り、下っては登りを繰り返して、下る。それを折り返して登ってくると言う、ある意味、蘇武岳の登りより厄介な区間だった。もともと、あまり負担なく走れる区間と思っていただけに、気持ちがもっていかれた区間でもあった。結果、前半抑えすぎ、時間が無くなった。

(補給)
 暑さに弱い自分にとって、暑さ対策が完走するための重要なカギとなることから、今回は、経口補水パウダーを10㎞毎に、パウダーを口に含み水で流し込んでみた。そのおかげでトイレ(小)に2回ほど行け、リタイヤ後も宿でトイレ(小)に行けたことが、特に良かった。ただ、それも60㎞までで、それ以降は、蘓武岳下りから第3関門まで、コーラのみの補給となってしまい、十二峠では軽い脱水症状も出始め、これが原因で足が重たく動かなくなったものとも考えられる。また、いつもは、宿に帰ってから脱水が解消するまで、酷いときは全身痙攣に悩まされるのだが、今回、痙攣が全くなかった。
 ただ宿に戻り、すぐにお風呂に入ったこともあり、心拍数が80弱程度から下がらず、それが落ちるまで1時間程度の休息をとったら、いつもは全く食べれない夕食(ビールも)を美味しく食べることができた。経口補水パウダー作戦は正解だ。(トイレ(小)飛騨高山90㎞では0回、野辺山1回だ。)
 また補給食にはアミノサウルス(ジェル)を持っていったが、ある程度は、効果があることが分かったが、僕には味が合わない感じだったので、計画とおり食べることができなかった。どちらかと言うとスポーツ羊羹の方があっているようだ。
 作山56㎞のエイド以降の食べ物が、残念ながら売り切れ箇所があり、終盤、ハンガーノックになっていたようだ。今、考えると、無理してでもアミノサウルスの在庫があったを食べるべきだったかもしれない。(計画通り摂取すべきであった)

(補給と終盤の息苦しさの関係)
ハンガーノックで、エネルギー不足となり、それによって心拍があがり、息苦しさを感じた。気温の低下とエネルギー不足から体温も低下し、疲労していた呼吸補助筋(腹筋や背筋など)の動きが悪くなり、息苦しさを感じ、なかなか足が動かない状態に陥った可能性もある。ウルトラの終盤はいつもこんな感じだ。(次回はエネルギー補給に気を付けよう)・・いつも腹筋等が痛くなり、呼吸が荒くなるのは、きっと、これが原因だろう。

(服用薬)
 大量の水分を補給し続けるため、スタート前にガスター10を服用し、作山エイドの折返し56㎞地点で7時間越えなので、更に1錠を飲んだ。これで水分を受けつけることには問題なかった。
 ロキソニンは、蘇武岳登り前の耀山エイドにて1錠服用、それ以降は飲まなかったが、蘇武岳を激下りしたところで、もう一錠服用するべきだった。激下りにより、かなりのダメージが大腿四頭筋にあることは明らかだったが、脳が冷静な判断ができない状態だったと思う。

(最後に)
 来年もチャンスがあれば是非チェレンジしたいと思う、本当に素敵な大会でした。香美町の皆様、ありがとうございました。一日も早い復興をお祈り申し上げております。ファンラン

追伸 飛騨高山に続き、村岡もDNFで、このままではギリギリランナーから90㎞ランナーに降格してしまう。次こそは完走だ。(笑)


コメント

滝川BEERS さんの投稿…
本大会には70歳以上が9名参加しており、最高齢が76歳、その次がO氏の年齢となります。この超ハードな山岳ウルトラマラソンに、怯むことなく果敢にチャレンジする姿は、ウルトラマラソンの正にレジェンドであるがゆえにですね。その背中を見て、自分をはじめ、他の会員一同、少しでも追いつけるよう、これからも精進してまいります。会長